さて、日本人の祖先であるモンゴロイドは熱帯、亜熱帯を通過して東南アジアにたどり着いたあと、やがて北をめざします。もともと小さかった体は寒さに適応し、うち勝っていく過程で、モンゴロイド独得の体型を形作っていくのです。
 動物学に2つおもしろい法則があります。それは、アレンの法則「同一種では、寒い地方に住むもののほうが大きくなる」と、ベルグマンの法則「寒い地方の動物は四肢などが短い」です。たしかに、絶滅したマンモスを例にとるまでもなく、北極グマ、ヒグマしかりです。人間も南方系の人種は小さく、北極系の人種は大きいと言えます。
 北をめざしたモンゴロイドは、熱の発散を防ぐために体の表面積を小さくする必要があり、そのために体重当たりの表面積を小さくする方法として、体を大きくし、ついで体からでっぱっている部分、手足を小さく、短くしました。つまり、胴長短足→体が大きく手足が短い、頭が短い→放熱を少なくする、鼻が低い→表面積が少なく熱を逃がさない、一重まぶた→まぶたに脂肪がたまって目を保護する等々ということになります。このような理由で、日本人のルーツであるモンゴロイドの顔は前後に押しつぶされた感じで、凹凸が少なくのっぺりとしています。言うなれば短頭タイプです。
 いっぽう、ヨーロッパ人は左右から押しつぶされた感じで、そのため額が突き出し、鼻梁(びりょう)が高く形のいい鼻をしています。いわゆる長頭タイプです。
 そのモンゴロイドとしての日本人の体型に変化があらわれはじめました。頭の骨(頭蓋)が小さくなり、脚が長くなりました。憧れと羨望のまなざしで見ていたヨーロッパ人の体格に近づいてきたのです。文明の発展・科学技術の発達とともに世界中の民族的な格差が縮まり、またCO2ガスなどによる地球温暖化によって、人間の体型の均一化が進んでいると考えられなくもありません。さらに、栄養学的な問題、生活様式の相似化など、さまざまなことが考えられます。
 ここで注目したいのは、食生活の変化、つまり食べ物がやわらかくなって咀嚼力が低下したこともひとつの要因となっているということです。噛む力が弱くなって、あごの骨の発達が遅くなったり、形成不全だったりして、あごがほっそりと小さくなる傾向にあります。昔の日本人は下あごの骨がたくましく、いわゆるエラが張っていると言われましたが、最近の若い人にはそのようなことはなく、あごが小さく、細く前方に突き出ていて、丸い顔の人が増えてきているようです。東京都立大教授の大槻文夫氏によると、「人間の顔は世界的に横に広がっていて、日本人の場合、過去50年で顔の上下の長さはかわらないのに、横幅は約9.2ミリ長くなり相対的に丸顔化がすすんでいる」(1999年12月『毎日新聞』の記事より)ということです。模式的に言えば、従来の日本人は野球のホームベース、若い新人類の日本人は逆三角形とでも言うのでしょうか、そこに明らかな変化が起きていることがうかがえるのです。
出典
磯村 寿賀人
『おもしろい歯のはなし 60話』 大月書店