歯ぎしりは、睡眠中に歯をギリギリとしたり、日中でも、無意識のうちにしている人を見かけます。神経にさわるいやな音です。歯ぎしりは切歯、歯噛みとも言います。有名なのは、ごまめの歯ぎしり、家鴨(あひる)の歯ぎしり、切歯扼腕(〔せっしやくわん〕歯がみし、わが腕をにぎりしめて、憤り残念に思う)、また、『宇津保(うつほ)物語』に「いとようたばかりつべかりつるものをとて、歯噛みして出でぬ」とあります。
 歯ぎしりは英語でブラキシズム「Bruxism」と言い、フランス語の「La Bruxomanie」からきている語で、こすり合わせるということを意味しています。歯ぎしりは口の中の正常な状態ではなく、何らかの異常な要因によって引き起こされます。上下の歯を左右、前後にこすり合わせること(Grinding)、歯を強くくいしばる(Clenching あるいは Clamping)、カチカチ軽く噛み合わせること(Clicking もしくは Tapping)などがおもな症状です。睡眠中に起こる歯ぎしりは、正常な人でも15分ほど、また自分でも歯ぎしりをしていることを知っている人や、人からも歯ぎしりを指摘されている人ではかなり長く、約40分、長い人では1時間30分も歯ぎしりをしています。そして、この約80%は、日中にチューインガムを噛んだときの数倍〜数十倍の力で噛まれています。ですから、1日のうち正常な場合では、上下の歯が接触している時間がわずか10〜15分であると考えられることから、歯ぎしりが時間的にも、噛む力の総量においても、歯や歯を支えている組織、顎関節に及ぼすであろう悪影響ははかりしれないものがあると思われます。
 歯ぎしりの原因は大きく分けて、@精神的緊張、A噛み合わせの不均衡ないし異常、B中枢神経系の異常などがあげられます。@の精神的緊張とは、抑圧、怒り、欲求不満、恐怖などによる精神的ストレスなどです。睡眠中の歯ぎしりは脳波の活動状態を記録することによって調べられているわけですが、いろいろな見解がある中で確かなことは、睡眠の深さが浅くなる時点に近接して起こる現象のようです。歯ぎしりのほか、睡眠中の異常行動として呼吸障害や異常運動が見られることがあり、これらはすべて睡眠が浅くなるときに起こることが分かっています。Aの噛み合わせの異常は、口の中をのぞけば直接眼で見ることができるのですから、原因を発見して対処するのが容易のように思えるのですが、治療の進行にも難しさをともないます。むし歯があったり、歯が抜けていたり、不良な補綴物(〔ほてつぶつ〕かぶせてある金属体や義歯)が入っていたり、上下の歯の噛み合わせ方が悪かったり、左右側にスムーズに運動することができない、などという不都合なことがあります。
 歯ぎしりを放置しておきますと、咀嚼器官系の全体のバランスが崩れたり、うまく噛むことができなくなることもあり得ます。下手をすれば顎関節症に移行しますし、慢性の頭痛が起こり得ることもあって、やっかいな問題をはらんでいるのです。
出典
磯村 寿賀人
『おもしろい歯のはなし 60話』 大月書店