両生類から爬虫類の時代へと移り変わっていきますが、爬虫類は両生類より大きくなったうえに、歯が多く、なかには噛みつくための前歯と、その奥に臼歯のような歯を持つものがあらわれていました。そうしますと、はじめの頃は植物を食べていましたが、肉食のものが出現するようになりました。肉食になりますと、からだが大きくなります。他のものより、からだが大きく、速く走れ、力が強く、敏捷(びんしょう)になると、それより劣るものは滅びていかざるをえません。弱い両生類は衰退し、哺乳類のような爬虫類があらわれてきます。動物たちの食べものとのかかわり方、歯、すなわち咀嚼器官のありようは、進化の過程に大きな影響をもっていることがわかります。
 やがて、哺乳類のような爬虫類から爬虫類の小さな哺乳類が誕生しますが、恐竜がまたたくうちに爆発的な繁栄をとげました。初期の哺乳類は、爬虫類がのし歩く昼間を避けて、夜の闇にまぎれて森林の奥深いところで、昆虫などを食べてひっそりと生きていました。このような追いつめられた環境で生きていくには、嗅覚、触覚、聴覚などがたよりです。なかでも聴覚は、遠くの敵の存在を知り、餌となる昆虫の羽音をさぐりあて、交尾相手の声を聞きつけるのに、とりわけ重要であったにちがいありません。哺乳類の誕生には、鋭く、性能のよい耳がなによりも必要だったのです。
 哺乳類の出現は2億3000万年前くらいからと言われていますが、恐竜の絶滅によって哺乳類の時代がやってきたのです。ネズミやリスぐらいの大きさだったサルの祖先は、いつの頃からか樹上生活をはじめていました。木から木へ渡り歩く生活は、視覚をめざましく発達させました。天敵のいない森には食料となるものが豊富にありました。初期のサルはまず果実を食べることを覚えました。それによって、糖質、脂肪、蛋白(たんぱく)質を得て、体が大きくなりました。生き残るために手当たりしだいに食べられるものを食べるようになりました。葉、草、樹皮、小枝、つぼみ、花、種子、果実、奬果(しょうか)─そして肉。霊長類の食性は「草食性」と「果実食性」に分けることができ、脳重量は「果実食性」のほうが圧倒的に大きいのだそうです。草や葉を食べて哺乳類は体を飛躍的に大きくしましたが、脳が大きくなるためには果実類ばかりでなく、肉をも食べるといった雑食性が欠かせません。ゾウ、キリン、ウシ、などは草食性です。サルは本来は果実食性でしたが、脳を大きくさせて人類への道を歩むようになるためには、どんなものでも食べようとする旺盛な食欲と好奇心にかかっていたのです。
 サルの食性の変化は咀嚼器官の歯にもあらわれます。食物を噛み切る切歯(せっし)、肉を引き裂き、時には武器ともなる犬歯、繊維や穀物をすりつぶす小、大臼歯に分かれていきます。歯の形状を見ても、サル類は何でも食べる雑食性に進化したことがわかります。人間の犬歯は現代人では小さくなっていますが、もともと人類の祖先のサルは、犬歯の小さい系統から生まれました。犬歯は武器としては役に立たず、非力な彼らは食料を得るために、サバンナに出てからも武器を使わざるを得なかったのです。食いしん坊のサルの、人への変身が起こりつつありました。
出典
磯村 寿賀人
『おもしろい歯のはなし 60話』 大月書店