しばらくのあいだ、地上に住んでいるのは両生類だけでした。そのうち両生類のなかのある種のものが、爬虫類という新しい種に変化しはじめました。両生類は柔らかい寒天のようなものに包まれた卵のかたまりを水中に産みつけます。しかし、爬虫類は陸上で産卵し、その卵はひとつひとつ固いしっかりとした殻で保護されています。両生類の卵は、水分は水中の水にたよっていますが、爬虫類の卵は、必要な水分ははじめから殻の中に用意されています。ここにはっきりと、海や川から訣別したことがわかります。
 陸上の生活が定着してきますと、肺による酸素呼吸が本格化します。呼吸するために絶えず口をあけていますと、口の中が乾燥してしまいます。そこで、口を閉じていても呼吸できるように、鼻、鼻腔が形づくられていきます。そして、食べものが口になかに入っているときでも呼吸できるように、口と鼻のあいだのしきり(口蓋[こうがい]―うわあご)の骨ができてきます。地上の生活に適応して、えらや喉を守っていた骨は消滅し、口のなかが広くなって舌が自由に動かせるようになってきます。
 爬虫類は、殻をやぶって生まれてきた子どもは外敵に襲われないよう、一刻も早く成長しなければなりません。そのため、爬虫類の歯は早く噛める必要があります。その歯は一生のあいだ何回も生え変わり、すべて同じで単純な形をしています。これではきびしい生存競争に生き残れません。強くてじょうぶな歯、武器にも使える歯の獲得が待ち望まれたのです。
 爬虫類の下あごの骨(下顎骨[かがくこつ])は7つの骨が結合してできていました。これでは強い力でかむことはできません。強い力に耐えるためにはできるだけ少ない骨、できれば単一の骨であることが望まれます。下顎骨を作っている骨には歯骨、角骨、関節骨などがあり、これに対してあごの関節を作る骨に方形骨[ほうけいこつ]、鱗状骨[りんじょうこつ]などがあります。下あごの骨は、歯骨だけが大きくなってひとつで単独の下顎骨となりました。あごの関節を形づくるほうの骨も、鱗状骨が成長して単独の骨になりました。こうして、多数の骨で形成されていたあごの関節は、上方で受けての鱗状骨の凹みに、下方の下顎骨である歯骨が入りこんで、単一の骨同士で関節を構成するようになったのです。ようやく、爬虫類はじょうぶでたくましい「咀嚼器官を手に入れることができ、哺乳類に向かって力強く歩み出したのでした。
 さて、不要になった方形骨と関節骨はどうしたのでしょうか。おもしろいことに、ふたつの骨は内耳の方へ移動し、方形骨はキヌタ骨に、関節骨はツチ骨となって、耳小骨[じしょうこつ]を形成し、鋭い聴覚を得ることになりました。もともと爬虫類は地上をはいまわっていましたので、顔面は地面に接していました。彼らはあごの関節を通して、敵や仲間の足音の振動を、耳に伝えて聞きとっていたのです。咀嚼器官の進化によってよく聞こえる耳ができていったのです。
出典
磯村 寿賀人
『おもしろい歯のはなし 60話』 大月書店