ここでは歯に関する最新ニュースや、まだまだ知られていないお役立ち情報などを紹介していくヨ。チェックしてね!
医療の市場主義に警告
マイケル・ムーア監督の新作映画
「シッコ」

 米のドキュメンタリー映画監督マイケル・ムーアの新作「シッコ」が25日から全国で公開される。テーマは「アメリカの医療保険制度」。皆保険制度がなく、民間の保険会社が支払いを渋るために適切な医療を受けられずに亡くなる人がいる実態を描く。一方、日本では、保険診療と自由診療が並立する「混合診療」の一部解禁や株式会社が経営する病院の認可など、医療の市場開放が始まった。「日本の医療に未来はあるか」などの著書がある川崎市立井田病院の内科医、鈴木厚さん(54)に映画を通して見える日本の医療制度改革の問題点を提起してもらった。


「日本の医療に未来はあるか」著者・内科医
鈴木 厚さんはこう見る
 「シッコ」は、米国が持つ医療制度という社会的病巣を明確に描き出している。米国は日本のような国民皆保険制度ではなく、無保険者約4700万人は満足な医療を受けられずにいる。また民間保険に入っていても医療の主体は医師ではなく、医療費を支払う保険会社が医療の可否を決める。このような米国の医療の実態を、ムーア監督は義憤をもって暴いていく。
 日本人から見れば米国の医療は最悪と言えるが、米国人の7割が「満足」としており、日本人の3割より多い。高い医療費を当然と認識しており、また、病気に対する自己責任論や医療の国家統制を嫌う文化が根付いているからであろう。


 

 同じ治療を受けても米国の治療費は日本の約10倍で、患者受診率は4分の1程度である。国民医療費は、国内総生産(GDP)比で、日本の約2倍に相当する。救急車を要請すれば数万円を請求され、患者が病院に着くと最初に書かされるのは医療費支払い誓約書へのサインだ。ムーア監督は、高額な医療費に対してではなく、むしろ必要な医療費を支払わない民間保険会社の営利主義と、それを可能にしている政治献金に照準を定めている。
 日本の皆保険制度は、困ったときに助け合う互助制度だ。しかしアメリカの民間保険会社は市場主義が原則。大切なのは患者の生命ではなく、いかに医療費を使わずに、医療を金もうけの手段とするかである。こうした現状への憤りと是正が映画製作の動機なのだろうが、そのための作為的な仕掛けが気に掛かる。
 英、仏、カナダの医療制度を例に挙げ、医療費がタダ、と驚いてみせるが、それは大きな間違いである。英国では、低所得者は窓口での患者負担がないが、その代わり診察までの待機期間が数日から数カ月と極端に長い。どの国でも医療には必ず医療費が伴い、それは天から降ってくるわけではない。5〜7割は税金、保険料の形で国民が直接負担している。また、国民保険でも、多くの疾患に治療制限が設けられている。そうした事情を説明せず、他国の医療が天国であるかのような誤解を与えている。真実を正確に伝え、視聴者に冷静な判断をさせるという配慮が足りないと感じられる。
 ただし、映画はその内容が素晴らしいものであっても、観客が少なければ失敗作となる。真実を知ろうとする知的欲求と楽しみを求める世俗的興味がせめぎ合う、市場主義的マスメディアの宿命であるが、少なくとも「シッコ」が米国で多くの観客を集め、問題を提起したことは評価に値する。

「反面教師として、米国の医療を知る必要がある」
 日本では一昨年、混合診療の解禁が議論になったが、私には、世界最悪の米国型医療を日本に導入するための策略、と思えてならない。本来なら、国民の生命を守る「医療」を社会保障と位置づけ、最優先するのが国の役割だろう。だが、厚生労働省の本音は「医療費の国の負担を1円でも安くしたい」に尽きる。
 日本は少ない医療従事者と医療費で、多くの良質な診療をこなし、国民の健康水準を高めてきた=表。世界保健機関(WHO)は00年、米国の医療を37位、日本の医療を1位と評価した。しかし、それは昨日までの話だ。06年に成立した医療制度改革関連法で、総医療費が抑制され、高齢者医療の自己負担率は引き上げられた。地方の公立病院は赤字のため廃院となり、運営の民間化が進んでいる。市場主義に毒されて崩壊しつつある日本の医療をこれ以上悪化させないため、反面教師としての米国の医療を知る必要がある。そのためにもぜひ見ておくべき映画である。


日米医療制度比較
日本 米国
人口千人あたり医師数 2.0人 2.3人
急性期治療の平均入院日数 20.7日※ 5.7日※
1人あたり総保健医療支出 2139ドル 5287ドル
01〜02年の医療支出伸び率 0.0% 6.4%
保健医療の公的支出割合 82%※ 44%※
1人あたり年間受診回数 14.1回 8.9回※
02年、※は03年、「OECDインディケータ」(2005年版)による


映画のあらすじ
 米国には国民皆保険制度がなく、健康保険の非加入者が4700万人。2億8千万人の加入者も、保険会社が利益のために、既往症などを調べ上げて支払いを拒むケースが相次ぎ、生命の危機にさらされている。治療のためカナダやフランスに「越境」する米国民もいる。ムーアは「9.11」の時に、がれきの中で救助にあたり、呼吸器系の障害を負った救命員たちに出会う。「英雄」であるはずの彼らも、医療が受けられていない!
 ムーアは、彼らを連れてキューバのグアンタナモ米海軍基地に赴き、収容されているテロ容疑者と同様の医療を求めるが…。


2007年8月21日の朝日新聞より