約35億年前、生命は灼熱の海から生まれ、気の遠くなりそうなほどのゆっくりとした足どりで進化の過程をたどりました。カンブリア紀の終わりごろの約5億年前、アランダスピスと呼ばれる、現在のところ最古といわれる魚らしき生き物が登場します。
 魚と言ってもヒレやあごもまだなく、体の前にぽっかりと口があいていて、体の脇にはずらりと鰓弓[さいきゅう]と呼ばれる鰓[えら]の孔が並び、全身はウロコでおおわれていました。ヒレがないので自由に泳ぎまわれず、浅い海の底で泥の中の微生物をすくい取って食べていたようです。そして、1967年に発見されていたカンブリア紀末のものらしき原始的な魚のウロコの化石から、1996年になって英国バーミンガム大学のスミス博士がその断面に象牙質を発見したのです。歯のルーツが魚のウロコにさかのぼることができると言われる手がかりがここにあります。この鰓弓の一対が大型化し、ちょうつがい型のあご[顎]を持つようになり、エサをひっかけるために大きく発達していきました。あごを持つようになったのは約4億5000万年前の棘魚類[きょくぎょるい]という魚だと言われています。
 約5億年前に激しい地殻変動で大量の雨が降り、巨大な川が出現しました。その頃、海の中ではオウム貝などの強い生き物がはぶりをきかし、弱者は川に逃げ込みました。はじめて川へ進出した魚は、プテラスピスと呼ばれています。しかし、海と川では塩分濃度が異なります。安住の地である川で、塩分濃度の違いを乗り越えるための仕組みを作る営みが続けられます。そして、3億9000万年前、ケイロレピスという背骨を持った最初の生物が生まれてきます。骨が作られるようになったきっかけは、川の中では海に較べてカルシウムやミネラルが少ないために、その不足分を補う目的で骨ができたと考えられます。カルシウムが多い時には骨に蓄え、少なくなると骨からとかして利用するというわけです。川は海と違って藻や樹木などの植物が多く、泳ぎ回るためにはヒレに強い力が要求されることでしょう。その結果、ヒレが手足の機能を獲得していきます。酸素の少ない川で酸素の豊富な大気を呼吸するようにもなります。また、陸に上がるためには重力の壁を乗り越えることも必要です。こうして、内臓を守る肋骨が形成され陸へ上がる準備が完了したのです。3億6000万年前、私たちの祖先イクチオステガは陸地へと向かったのです。最古の魚が川を目指してから1億年以上過ぎていました。
 川にのぼった魚は、気候の変動で川が細くなり、やがて日照りとともに干上がった湿地にとり残され、ほとんどのものは死に絶えていきますが、えらと浮き袋を持った種類の魚はそれが肺の役目をするようになり、水がなくても生きのびることができたのです。じょうぶなヒレで体をひきずって地面をはいまわりながら、水中と地上でも生きることができるようになりました。両生類の誕生です。
出典
磯村 寿賀人
『おもしろい歯のはなし 60話』 大月書店