昭和60年(1985年)から平成に入って今日までの動向は、昭和40年(1965年)から60年までのそれがより深化したもので、昭和40年から60年までの20年間の社会と価値観の変化はすさまじいものであったと思わざるを得ません。敗戦によって疲弊した社会の復興の足どりが確固としたものになり、20年にわたって蓄積されたエネルギーが昭和40年代に入って奔流となってほとばしり出て、
奇跡といわれた経済成長をなしとげるのです。そのような目まぐるしい社会変動のなかで、まっさきに影響を受けたのは子どもたちであり、荒波に翻弄された子どもたちに変化のきざしがあらわれはじめていました。
 まず、むし歯を見てみますと、昭和20年(1945年)の国民一人当たり年間の砂糖の消費量は0.2キロに落ちこみますが、小学生のむし歯罹患率は40%。ところが、生活が豊かになった昭和46年に砂糖の一人当たりの年間消費量が27.5キロになると、罹患率はなんと93.5%にまで急増したのでした。昭和30年代後半からむし歯は増えつつあったのですが、40年代に入って、高度経済成長の発展とともに爆発的に急カーブを描いて罹患率が上昇の一途をたどったのです。
 私の手元に『子供がダメになる!』という本があります。発行は昭和49年(1974年)で、「子供の教育を考える会・編」、小学校の養護教諭から見た子どもたちのことが書かれています。昭和45年頃から、子どもたちの教育現場の養護の先生から、「どうも近ごろの子どもは少し変だ」「何かがおかしい」とささやきあう声が聞かれるようになり、はじめは疑心暗鬼の小さな声が、しだいに確信にみちたものに変わっていったようです。おそらく、子どもたちのからだとこころの変調についてとり扱われた最初の本だと思います。子どもたちを見守ってきた人々のあいだでは、子どもをとりまく環境が昭和44〜45年(1969〜70年)頃から変化したのだろうという指摘があります。そして、昭和53年(1978年)にNHKが日本体育大学体育研究所と協力して子どものからだの状況を調査、テレビ番組として制作されて「子どものからだは蝕まれている」と題して放送され、日本国中に大反響をまき起こしました。この警告番組をきっかけに、子どものからだとこころをとり扱った新聞記事、テレビ報道、書物の出版が相次ぎました。子どもたちの変調が社会的にもはっきりと認知というか意識されるようになっていったのです。どうもこの高度成長期以降に何があったのかが気がかりなのです。
 20年ほど前から、歯科では歯ならびの悪い子・歯列不正の子ばかりでなく、噛まない、噛めない子どもが生まれ、増えだしていることに気がつきはじめていました。食生活をとりまく環境が激変していたのです。これも昭和58年(1983年)にNHKで放送された「食生活が子どもを変える なぜひとりで食べるの」があります。
 この2つのテレビ番組は本としてまとめられましたが、これら3冊の書物は、昭和40年代から60年にかけての子どもたちの追いつめられていく状況を如実に物語っているように思われます。子どもたちのからだやこころのおかしさが言われだした時期を同じくして、口の中にもそのきざしがあらわれていたような気がしてなりません。子どもたちはこれからどこへ行こうとしているのでしょうか。最近の彼らをとりまく状況を見ていますと心配になってきます。
出典
磯村 寿賀人
『おもしろい歯のはなし 60話』 大月書店